「放蕩息子 前編」ルカ15章11~24節

  今日の箇所は、いわゆる「放蕩息子」と言われるたとえ話です。このたとえ話は、父から財産をいただいた弟息子が、その大切な財産を私利私欲に使い、放蕩三昧し、ついに使い切ってしまう。その頃、大飢饉が起こり、食べる物が無くなり万事休すとなった弟息子は、そこで初めて「我に返って」、父のもとに帰っていく。父はその弟息子を叱るでもなく、喜び迎え入れ、彼のために宴会を催したというのが、このたとえの前半部分です。このたとえ話から教えられることは、一つに「罪」とは、私たちの父、神様から離れて自己中心に生きていくこと、二つ目は、「我に返る」ことの大切さです。つまり、「罪」を認めて神様のもとに帰っていくことで罪赦されるのです。三つ目が、どんな罪をも覆う神様の愛があるということ。そしてどんな人も神様のもとに帰ってくるなら、神様は喜んで迎え入れ、家族としてくださることを教えられます。私たちも我に返り、神様の愛と赦し、喜びの中へ飛び込んでいきましょう。

関連記事

  1. 「わたしの名が天に書き記されている喜び」ルカ10章1~24節…

  2. 「主は私の伴走者」ピリピ3章12~14節 吉澤 盛男兄

  3. 「いのちの終わりはいのちの始め」ヨハネ6章34~40節

  4. 「キリストの弟子になるには」ルカ14章25~35節 

  5. 「幸せな家庭をつくるために」 エペソ5章18~21節 秦…

  6. 「行き着くところは、永遠の命です」吉川 明雄師