「キリスト者と呼ばれて」使徒の働き11章19~30節

4月24日の礼拝メッセージ録画は以下よりご覧いただけます。

 今日の箇所で、いよいよ福音は、ユダヤ教を背景としない全くの異邦人、外国人に宣べ伝えられ、大勢の人が救われていき、教会が建て上げられていく様子が記されています。またここで初めて、イエス様を信じる者が「キリスト者」(クリスチャン)と呼ばれるようになりました。アンティオキアの教会は、エルサレムの教会と共に、宣教の重要な拠点となる教会ともなりました。この箇所から3つのことがわかります。1つは、迫害という試練の中にあっても、散らされたキリスト者は行く先々で、救いの喜びの知らせ、福音を宣べ伝えたということ。2つ目は、ユダヤ人か異邦人であるとか関係なく、主を信じるものは皆「キリスト者」と呼ばれたということ。3つ目は、アンティオキアの教会は、建て上げられたばかりにも関わらず、エルサレムの教会の窮乏に際して、支援するというキリストの愛を実践したということです。私たちも、ことばによる福音の宣教と共に、他の教会、兄弟姉妹とも助け合うキリストの愛を実践していき、交わりを持っていきたいと思います。そして、ますます「キリスト者」として成熟していきたいと思います。

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