「キリストは教会のかしら」コロサイ1章18~20節

9月8日の礼拝メッセージ録画は以下よりご覧いただけます。

https://youtube.com/live/QVSsc9kZ6F0

パウロは、キリストを神その方であることをを否定する教えが入り込み、混乱の中にあったコロサイ教会に、先の箇所で、キリストは万物に先立って存在する神その方であることを語りました。さらには万物はキリストにあって造られているため、すべての主権、支配、権威はキリストのものであると語りました。そして続けてパウロは、万物の主権者キリストは、「そのからだである教会のかしら」であると語ります。教会はキリストのからだです。教会のかしらはキリストです。罪人である私たちが、キリストをかしらとするキリストのからだになるというのは、どう考えてもあり得ないことです。しかし憐れみ深い神は、私たちを、キリストの十字架の血によって暗闇の力より救い出し、罪きよめ、贖い、キリストの支配に加えてくださいました。そしてキリストの十字架の贖いゆえに、私たちをキリストのからだとしてくださったのです。神は、「地にあるものも天にあるものも、御子によって和解させることを良しとしてくださった」のです。御子によって良しとされたことの恵みを心から感謝しましょう。

関連記事

  1. 「成熟したものとして堅く立つことができるように」コロサイ4章…

  2. 「失望を超える祈り」ルカ18章1~8節

  3. 「わたしについて来なさい」 マタイ4章12~22節

  4. 「教会の喜び」使徒の働き2章43~47節 

  5. 「罪人を救うために来られるキリスト」Ⅰテモテ1章15節

  6. 「律法の真意②姦淫してはならない」 マタイの福音書5章27~…

最近の記事

カテゴリー