「主が御顔を照らし恵まれる」民数記6章25節

 私たちにとって「御顔を照らす」という表現は聞き慣れませんが、このアロンの祝祷において、神様はご自身の御顔の光で照らされることを祝福の言葉としています。なぜなら、主の御顔とは、私たちとの人格的、パーソナルな関係を持ってくださるということを意味し、その御顔の光で照らすというのは、私たちがすべての悩みから救われることの確信となるからです。この表現はいくつかの詩篇の中で見ることができます。そのように親しく関わられる主が「恵まれますように」と私たちのためにとりなし、祝福してくださいます。この恵まれるというのは、言葉だけの祝福だけでなく、主イエス・キリストによって、救いの恵みとなって私たちのうちで実現する神の言葉です。ですから私たちはこれからも主の御顔の光に照らされ、その救いという限りなく豊かな恵みを来るべき世々に示していきたいと思うのです(エペソ2章4~8節)。

関連記事

  1. 「主の苦悩の中の祈り」ルカ22章39~46節 

  2. 「いのちの終わりはいのちの始め」ヨハネ6章34~40節

  3. 「キリストを知っていることの素晴らしさ」ピリピ3章4~9節

  4. 「神はいつもあなたとともにおられる」マタイ1章23節・28章…

  5. 「力強い聖霊による宣教」使徒の働き28章17~28節

  6. 「神の国はあなた方の中に」ルカ17章20~37節

最近の記事

カテゴリー