「十字架にかかった神の子イエス」 マルコの福音書15章33~39節

3月29日の礼拝メッセージ録画は以下よりご覧いただけます。

https://youtube.com/live/5r4hhctkrWo

イエス・キリストの十字架は、単なる歴史的出来事ではなく、「私のため」の出来事です。聖書は、人が神との関係を断絶した存在であり、その原因が「罪」にあると語ります。この罪は神との間の仕切りとなり、最終的には永遠の死(断絶)をもたらします。しかし神は人を見捨てず、ご自身の御子イエスを与え、十字架において私たちの罪を代わりに負わせました。イエスが「見捨てられた」と叫ばれたのは、本来私たちが受けるべき断絶を担われたからです。イエスが十字架で死なれたとき、神殿の幕が裂け、神への道が開かれました。このイエスの十字架によって、私たちは神と和解することができるのです。
 イエスの十字架を前にして神が望んでおらえる私たちの態度は、①自らの罪を自覚し認めること、②その罪を悔い改め、神に立ち返ること、③イエスを自分の救い主として受け入れること、です。十字架は、神との和解のしるしであり、神の愛で生きる出発点です。

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