「キリストはよみがえりであり、いのちです」ヨハネ11章25節

 私たちのためによみがえられた復活の主を心からほめたたえます。さて、私たちはしばしば分からない、未知のものに対して「恐れ」を持ちます。それは未知のもの自体に恐れるというよりも、分かっていない「状態」に私たちはしばしば「恐れ」「不安」を抱いてしまうのではないでしょうか。イエス様は今日の箇所で、弟ラザロを亡くし「死」という現実が持つ恐れの状態にあるマルタに対して語られました。イエス様はここで「わたしはよみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は死んでも生きるのです。」と言われました。これはまさに、「死」という得体の知れない「恐れ」から解放する言葉であり、彼女の視点を「死」から、よみがえりでありいのちであるイエス・キリストに向けさせました。そして復活の主を信じ、信頼することを求められたのです。イエス様は語られるだけでなく、実際に、死よりよみがえり、復活されました。それによってこの言葉は私たちにも生き付く神の言葉となったのです。復活の主をあがめましょう。主は今も生きておられます。

関連記事

  1. 「神の右の座に着かれるべきお方」ルカ22章63~71節

  2. 「神は約束にしたがって」使徒の働き13章13~25節

  3. 「信仰がなくならないように祈られる主」ルカ22章31~34節…

  4. 「神は愛です」Ⅰヨハネ4章16節 

  5. 「神様と心合わせて」ヨナ書4章5~11節

  6. 「心は内で燃えている」ルカ24章13~32節