「キリストにあって歩む」コロサイ2章6~10節

10月27日の礼拝メッセージ録画は以下よりご覧いただけます。

https://youtube.com/live/bKVAsZcyJQA

 私たちは、誰もが満たされて歩みたいと願い、喜びと感謝を持って生きたいと思っています。しかし、実際には憎しみや怒りに支配されることもあり、そのような歩みを諦めてしまうことがあります。パウロは「キリストにあって歩む」ことをテーマに、幸いな人生を送ることができると語ります。そのためにまず重要なことは、主イエス・キリストを受け入れることです。この「受け入れる」というのは、単に「信じる」だけでなく、イエス様を私の主として、私の心の真ん中に迎え入れることです。人を支配しようとする教えは、一見魅力的であったり、私たちの心を掴むほどに言葉巧みであったりしますが、それは私たちを人やその教えの「捕らわれの身」とさせるだけです。キリストは神の満ち満ちた性質(愛、聖さ、義など)を宿していて、この方のうちに根差し、建てあげられていく時、神に与えられたキリストのいのちが感謝のうちに溢れ出て、喜び生きていくことができるのです。すべての権威を持つキリストのご支配の中で生きる時、憎しみや怒りを覚えても、苦しみや悩みがあっても、「キリストにあって満たされて」生きていくことができるのです。

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