「本体はキリストにある」コロサイ2章15~17節

11月10日の礼拝メッセージ録画は以下よりご覧いただけます。

https://youtube.com/live/Wnm7i0ceijo

パウロは、異邦人クリスチャンたちが、誤った教えや偽りの福音に惑わされず、キリストの十字架と復活の救いのみわざは完全で、キリストを信じるだけで救われることに確信を持てるよう努めています。それとともにパウロは、自分たちの慣習を守ることに躍起になって、異邦人の救い、異邦人への神の愛を見ていない人たちの信仰の姿勢を正そうともしています。現代の教会でも、当初は良い意図で始まった教えが形骸化し、人間的な慣習となってしまうことがあります。そして、いつしかその慣習を守ることが目的となって、本質的なことが見失われたり、他の人たちへの配慮や愛の眼差しがなくなってしまうということがあると思います。大切なのは、私は今何を守ろうとしているのかを振り返りつつ、本質的な事柄は守りながら、神の愛の眼差しによって全体を見ていくことです。イエス様はいつも神の愛の眼差しで、私を、教会を見てくださっています。

関連記事

  1. 「神のみこころにしたがって」使徒の働き18章12~23節

  2. 「十字架のしるし」ルカ11章29~36節

  3. 「御霊によって礼拝しキリストを誇る」ピリピ3章1~3節

  4. 「私のようになってください」使徒の働き26章24~32節

  5. 「惑わされないように」ルカ21章5~24章

  6. 「一羽の雀さえ」ルカの福音書12章1~12節