「永久に取り戻すために」 ピレモン8~17節

3月23日の礼拝メッセージ録画は以下よりご覧いただけます。

https://youtube.com/live/8fwQ15Fwvyg

パウロは、オネシモが主人であるピレモンから離されたのは、ピレモンが「永久に彼を取り戻すためであったのでしょう」と語っています。「離れた」ことも「永久に共にいるため」の神のご計画であったことを示唆しています。
 私たちも、私のまことの主人である神から逃亡した罪人です。そして神なき世界で自由に生きるのですが、様々な問いにぶつかります。この世界の始まりと終わりとは、生きる意味とは、自分の存在価値とは、本物の愛とはなどなど。そして自分の罪の問題で深く悩まされます。しかし神は逃亡した罪人である私たちをそのままにされません。私たちの問いの答えとして、私たちの罪からの救い主として、神の御子イエス・キリストをこの世にお与えくださいました。主イエスは、私たちの問いの答えそのものとして現れ、そして私たちの罪の解決を図るため、私たちが受けるべき罪の罰を身代わり、十字架にかかり死なれたのです。それは私たちを神のもとへと「永久に取り戻すため」でした。パウロのオネシモとピレモンへの愛はどれほど大きかったでしょうか。それにも勝る神の愛が私たちの心に注がれているのです。

関連記事

  1. 「主が御顔を照らし恵まれる」民数記6章25節

  2. 「イエスの埋葬」ルカ23章50~56節

  3. 「勇気を出して」使徒の働き23章11~22節

  4. 「成長は神によって」マルコ4章26~34節 成実 朝子姉 

  5. 「祈り、祈られつつ」コロサイ4章2~6節

  6. 「組み合わされて成長する」エペソ2章19~22節 成実朝子姉…