「キリストの御体を覚えて」ルカ22章14~19節

10月25日の礼拝メッセージ録画は以下よりご覧いただけます。

https://youtu.be/bB8GO29j2Mw

 イエス様は過越の食事に際して、「あなたがたと一緒にこの過越の食事をすることを、切に願っていました。」とご自身の思いを語られました。それは、弟子たちと共にする最後の過越の食事だったからであり、またこの過越の食事が、最初の聖餐式となるからです。つまり、旧約時代の神様の偉大な救いのみわざを思い起こしつつ、イエス様による救いのみわざを覚える、大切な食事の時だったからです。そしてイエス様は、過越の食事のパンを取り、それを裂き、弟子たちに分け与え、「これは、わたしのからだです。わたしを覚えて、これを行いなさい」と言われました。パンは、神の恵みの象徴ですが、それに加えて、「わたしのからだ」という新しい意味づけをされました。それはイエス様が私たちの罪を赦すために、十字架で裂かれる「からだ」であり、復活された「からだ」を意味しています。イエス様は今も、私たちと共に主の恵みを覚える食事をしたいと熱望しておられます。だからこそ、イエス様はその身をささげてくださいました。私たちはその恵みを覚え、いずれ訪れる神の国の主の食卓に続く聖餐の時を、喜びと感謝を持って臨んでいきたいと思うのです。

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