「救いは主にある」詩篇3篇

 ダビデは、息子アブサロムにいのちを狙われ、逃れの地でこの祈りを捧げました。最初ダビデは、その敵陣の多さに、心のうちにある恐れが増大していき、また多くの敵の者からからダビデには「神の救いはない」と揶揄され、その言葉に心痛めます。しかしそのような恐れに押しつぶされそうになる中、ダビデはその目を主へと向け、主こそ「私の周りを囲む盾」であり、祈りを聞いてくださり答えてくださるお方という、神様との関係に目を向けていきます。そして全幅の信頼を主に置き、ダビデは主にある平安を得て、恐れから解放されます。そのことを経験したダビデは、「神の救いはない」と表面的な「神の救い」を述べてきた敵陣に対して、「救いは主にある」と「神の救い」は表面的なことではなく、主との交わり、関係性の中で得られることを証します。そしてダビデはこの詩篇を民たちへのとりなしで閉じています。私たちも表面的な「救い」にこの身を置くのではなく、救いの主に信頼し、その交わりにこの身を委ねたいと思います。祝福がありますように。

関連記事

  1. 「神は人を神のかたちとして造られた」創世記1:27, コロサ…

  2. 「教会から、日常へ-遣わされて生きる信仰」      山本真…

  3. 「イエスの埋葬」ルカ23章50~56節

  4. 「主を信頼する者の生き方①―試練の中にあっても―」 使徒の働…

  5. 「神は私たちのすべての背きを赦し」コロサイ2章11〜14節

  6. 「子なる神、イエス・キリスト」マタイ1章18~21節

最近の記事

カテゴリー