「義に飢え渇く者は幸いです」 マタイの福音書5章6節

2月1日の礼拝メッセージ録画は以下よりご覧いただけます。

https://youtube.com/live/dpwFN8W8ruY

私たちは「飢える」「渇く」と聞くと、まず食べ物や飲み物がなくて苦しい状 態を思い浮かべます。お腹がすく、喉が渇く。それは生きていく上で絶対に必 要な感覚です。イエス様は、その強い言葉をあえて用いて、「義に飢え渇く者は 幸いだ」と言われました。それは、「義」が私たちの人生にとって、食べ物や水 と同じくらい、いえ、それ以上に必要なものであることを示しています。聖書 における「義」とは、ひとことで言えば「神の正しさ」です。そしてもう一 つ、大切な意味は、「神との正しい関係」です。 人は誰でも、心の奥底に満た されない渇きを抱え、自分が満たされる「関係」を求めています。まさに神様 は、私たちのたましいに生ける水を注ぎ、私たちとの関係を回復し、神との関 係の中で満ち足らせてくださるお方です。イエス様は私たちのたましいの渇き を知って言われました。「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みな さい。」義に飢え渇く者とは、神様なしには本当の満足がないことを知り、主を 慕い求める人のことです。あなたは誰を求めていますか?

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