「主の苦悩の中の祈り」ルカ22章39~46節 

1月10日の礼拝メッセージ録画は以下よりご覧いただけます。

https://youtu.be/CnH6xUAy6Dw

 イエス様は弟子たちとの過越の祭りの食事を終えられたあと、いつものようにオリーブ山に行かれ、弟子たちに「誘惑に陥らないように祈っていなさい。」と言われました。そしてご自身も祈られ、「父よ、みこころなら、この杯をわたしから取り去ってください。」と、これから受ける苦しみという杯を取り去ってほしいというイエス様の心のうちにある思いを、父なる神様に打ち明けられました。神の御子である方が苦悩と葛藤を覚えられたのです。しかしイエス様は続けて「しかし、わたしの願いではなく、みこころがなりますように」と祈られました。イエス様のこれまでの生き方は、まさに父なる神様のみこころに沿うものであり、究極的な苦しみを前にしても、みこころがなることを一番とされました。イエス様が苦しみ悶えながら祈り終えられると、弟子たちは眠っていました。そして再び「起きて祈っていなさい」と励まされました。信仰者としての最高の模範であるイエス様は、私たちと同じように、苦悩され、葛藤を覚えられました。それは私たちの罪を贖うためであり、神様のみこころを第一とすることの祝福を見せてくださるためでもありました。

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