「キリストの弟子になるには」ルカ14章25~35節 

 新渡戸稲造が「武士道」で日本人の伝統精神を言い表しましたが、イエス様はこの箇所で、ある面で「キリストの弟子道」を教えられました。ここでイエス様は、「キリストの弟子」について重要なことを三点挙げています。一つは、家族や自分のいのちを第一としていては、弟子にはなれないということ。二つ目は、自分の十字架を負う、つまり神様の目的が達成されることを第一にしなければ、弟子にはなれないということ。そして三つ目は、自分の財産すべてを捨てなければ、弟子にはなれないと教えられました。これらは、社会一般的に考えるならば、非常識かもしれませんが、イエス様は、この世の常識を持って、このキリストの弟子道が、神様の目には、神の国では常識であることを教えられました。ここで教えられていることは、文字通り行いなさいというよりも、キリストの弟子としての中身、内容が問われています。私たちも、形だけの「キリストの弟子」ではなく、ちゃんと塩気の効いた中身を伴った「キリストの弟子」と変えられたいと思います。

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